びっくり仰天!
今週のお題「大切な人へ」
高校時代のクラスメートで、一緒に同じ大学理学部に進んだけれど、彼は博士課程から転身してキリスト教の牧師になり、自分はサラリーマンで終わった。
神学校を経て、牧師として若いうちは北海道から沖縄まで日本中を転々としたらしく、再会したのは自分が会社定年を過ぎたころ東京で彼が牧師を務める教会であった。
ヘブライ語やラテン語のキリスト教の文献の翻訳家としても名高いと聞く彼は、その後共に教会で働いていた奥さんを亡くし、今は関西の教会の牧師になっている息子さんと一緒に布教にいそしむ。
ごく最近、彼からビックリ仰天の彼らしい2枚の連続ハガキが来たのだ。
彼の旧友から、大津郡中学連合会の文集なるもので見つけたという、中学校は違うが彼は中国から青海島への引き揚げ者で、お互い敗戦の奈落を見た中学2年生の自分の掲載文章を送ってくれたのだ。
残念ながら、今回は彼の「新春に想う」の文章は送ってくれず、自分の「友なつかしき宵」という散文詩だけだった。恥ずかしいが、戦前の京城時代の小学校の友なつかしむ詩。引き揚げ後、一度東北のどこからか手紙が来たような気がするが茫洋だ。
『 「友なつかしき宵」
音静けき春雨は日の白いヴェールで宵をつつむ。
灯は淡く滲み、その中に友の面影が浮かんで来る。
今は戦乱の異国となった(朝鮮戦争のこと)あの丘で遊んだ友懐かしむこの宵、背の高かったあの友、生駒山(現ソウルの南東の丘)でトンボを追ったことも、自転車に乗せて貰ったことも、今ははるかな夢と過ぎ去った。』
こんな生ッチョロイ詩を書いた記憶は全くないが、今度は彼の文章を送って貰いたいものだ。